医院の移転について
病院の「移転」とされる距離は2km以内
病院やクリニックなどの保険医療機関が「移転」とみなされる距離は、原則として元の場所から「2km以内」と定められています。2km以上の距離を移動すると、移転ではなく新規開設と見なされ、保険診療の継続ができなくなります。
病院の移転開業に必要な手続き一覧
病院を移転開業するには、さまざまな手続きが必要です。以下の5つの申請手続きについて解説します。
定款変更認可申請
病院を移転する際には、定款変更認可申請が必要です。定款とは法人の組織や活動に関する基本的な規則を定めた書類で、以下の項目を含む必要があります。
- 事業目的
- 商号
- 本社所在地
- 資本金額
- 発起人の住所・氏名
移転に伴い法人の本社所在地が変更されるため、定款変更認可申請が必要です。仮申請、審査、本申請、再審査を経て認可書が発行されるため、約3ヶ月の余裕を持って手続きを行いましょう。
診療所開設許可申請
自治体や保健所への診療所開設許可申請も重要な手続きです。移転先で医療行為を行うために、以下の情報を記載して許可を得る必要があります。
- 従業員定員
- 建物の構造
- 病室の構造
- 診察室や処置室の構造
移転に際しても診療所開設許可申請は必須ですので、忘れずに申請しましょう。
移転登記申請
診療所を移転する際は、移転登記申請が必要です。法人登記簿には法人の所在地が記載されるため、移転した場合は手続きを行う必要があります。移転登記には定款変更認可申請書が必要なので、定款変更認可後に手続きを済ませましょう。
保険医療機関指定申請
保険医療機関指定申請は、保険診療を行うために必要な手続きです。
診療所で保険診療を行うためには、厚生局による指定が必要です。東京都の場合、保険医療機関の指定は毎月1回、1日に行われています。また、保健所への診療所開設許可申請を提出した後でなければ申請できませんので、スケジュールを入念に調整しましょう。
公費負担医療の指定申請
保険医療機関の指定を受ければ保険診療を行えますが、その他にもさまざまな公費負担医療の指定申請が必要です。代表的な公費負担医療指定申請には以下があります。
- 生活保護法指定医療機関指定申請
- 労災保険指定医療機関指定申請
- 結核医療機関指定申請
- 被爆者一般疾病医療機関指定申請
移転前の業務に合わせて申請を検討しましょう。
病院を移転開業する際の手続きの流れ10ステップ
病院を移転開業する際の手続きは、以下の10のステップで行います。
- 定款変更認可の仮申請
- 審査
- 定款変更認可の本申請
- 審査稟議
- 定款変更認可書の受領
- 保健所への診療所開設許可申請
- 保健所への診療所開設届提出
- 法務局への移転登記申請
- エリアの厚生局への保険医療機関廃止届・保険医療機関指定の申請
- 都道府県に医療法人登記事項の届出を提出
上記の手続きだけでも多くの手続きが必要です。もちろん、これらの手続きに加えて以下の対応も必要になります。
- 移転場所・移転時期の検討
- 移転場所の賃貸契約
- 従業員との調整や新規採用
- 患者搬送の計画
- 物品移送手段の検討
移転の際は余裕を持ったスケジュールを組み、行政書士や各業者と相談しながら進めましょう。
病院を移転開業する際の4つのポイント
病院を移転開業する際は、以下の4つのポイントに注目してください。
- 保険医療機関における指定日の遡及対象かチェックする
- 移転のタイミングを見極める
- 手続きのタイミング・期日を確認する
- 住所変更の告知・連絡を行う
保険医療機関における指定日の遡及対象かチェックする
移転後も保険医療を継続的に行うためには、保険医療機関における指定日の遡及対象かどうかを確認しておきましょう。指定日が遡及できないと、移転先で保険診療を行えるまでに時間が空いてしまい、診療所には大きな影響が出る可能性があります。遡及対象となるのは、原則として移転前の場所から2km以内の範囲のみです。厚生労働省の発表では「原則」とされていますが、2kmをわずかに超えると遡及対象外となります。例外として認められるのは、2km以上の移転であっても患者が引き続き診療を受けることが見込まれる過疎地などの特殊な場合のみです。
移転のタイミングを見極める
移転のタイミングは慎重に検討する必要があります。移転前の診療所を先に廃止し、移転先での診療開始日までに期間が空いてしまうと、診療ができずに売上を上げられなくなります。保険診療の指定日が遡及できる場合、旧診療所の廃止日と新診療所の診療開始日を合わせれば、空白期間なく保険診療を継続できるでしょう。
手続きのタイミング・期日を確認する
移転にあたっては、手続きのタイミングや期日も十分に確認しておく必要があります。主要な手続きの期日とタイミングは以下の通りです。
定款変更認可申請 | 事業開始の3ヶ月前に手続き開始 |
---|---|
診療所開設許可申請 | 開設日の15日前まで |
移転登記申請 | 開設日から14日以内 |
保険医療機関指定申請 | 毎月10日から20日頃 |
公費負担医療の指定申請 | 毎月10日から20日頃 |
手続きには審査に時間がかかるものも多いため、事前にチェックし、余裕を持って進めることが重要です。
住所変更の告知・連絡を行う
移転時には、地域住民や取引先企業への住所変更の告知や連絡を忘れずに行いましょう。特に、継続的に受診している患者への告知は慎重に行う必要があります。高齢者など、通院に負担が大きい患者もいるため、アクセスや交通手段についても周知しておくことが求められます。移転後も引き続き受診してもらえるよう、患者への配慮を忘れずに行いましょう。
まとめ:病院の移転開業には綿密な計画と検討が不可欠
病院や診療所の「移転」を行う際には、元の場所から「2km以内」という原則を遵守しなければなりません。移転開業には綿密な計画と検討が必要ですので、規則に従った必要な対応を確認しておきましょう。移転開業には多くの公的手続きが伴うため、スケジュールには余裕を持って取り組んでください。手続きに不備や遅れが生じると、移転後の診療に影響を及ぼす可能性があります。行政書士や関係各所、従業員とも十分に相談を重ね、最適なタイミングでの移転を成功させましょう。
医院の閉院について
クリニックを閉院(廃業)する際には、さまざまな手続きが必要です。手続きに不備や漏れがあると、スムーズに閉院できない恐れがあるため、閉院の流れについて事前に理解しておくことが重要です。
クリニックの閉院に関する流れ、発生する費用、押さえておくべきポイントについて解説します。
なお、個人クリニックでは、閉院せずに別の医師が運営を引き継ぐ事業承継が多く選ばれています。クリニックの事業承継については、以下の記事で詳しく説明しています。
クリニックが閉院する理由
クリニックが閉院する理由として、多く見られるのは以下の3点です。
後継者がいない
クリニックに限らず、経営者の高齢化や人材不足に悩む事業者は少なくありません。後継者がいないために閉院に至るケースは非常に一般的です。
経営難による存続困難
個人経営のクリニックは、小規模であるため、診療圏内の人口や状況に大きく影響されやすい傾向があります。最近では人口減少により、売上を維持することが困難なクリニックが増加しています。また、新型コロナウイルスの影響も個人経営クリニックに深刻な打撃を与えました。
勤務医への転職
クリニックの経営では診療以外にも多くの業務が存在します。そのため、忙しい開業医はプライベートの時間が確保できず、仕事と生活のバランスを取るためにクリニックを閉院し、勤務医に転職する医師も少なくありません。
前提として、クリニックの閉院は必ずしも悪い選択ではありません。クリニックの存続が難しい場合や勤務医への転職を考える理由があるなら、早めに閉院の準備を進めることが重要です。
クリニック閉院の流れ
クリニックを閉院する際には、多くの作業があるため、事前にその流れを確認しておくことが欠かせません。この章では、クリニック閉院の流れや必要な作業の具体例を紹介します。
閉院までのスケジュールを計画し、各種作業を実施
最初に、クリニックを閉院するためのスケジュール計画を立てる必要があります。必要となる手続きには以下が含まれます。
スタッフや患者への対応
まず、クリニックの閉院について周知する必要があります。その後、患者には他院の紹介や引き継ぎ業務を行い、スタッフには社会保険関連の手続きや退職金の支払いなどを行います。
医療機器や備品の処分
医療機器や備品、医薬品の処分も必要です。医療機器や備品は廃棄、業者による買い取り、引き取りなどの方法があります。医薬品については、可能であれば返品し、そうでなければ所定の方法に従って廃棄する必要があります。
建物の原状回復や取り壊し
完全に閉院する場合、建物の原状回復や取り壊しが求められます。
各種書類の提出
廃業時には税務署や都道府県、年金事務所など、さまざまな機関へ所定の書類を提出する必要があります。クリニック特有の書類も多いため、必要な書類を確認しておくことが重要です。
残債の清算
借入金やリース契約の残債がある場合、閉院までに清算する必要があります。
必要な申請書や届出書の提出
以下は、クリニック閉院に際して必要な申請書・届出書の例です。
<クリニックの必要書類>
保険医療機関廃止届
提出先:厚生局
提出期限:速やかに(明確な期限は設定されていませんが、早急な提出が求められます)
生活保護法指定医療機関廃止届
提出先:福祉事務所
提出期限:速やかに
医師会退会届
提出先:医師会
提出期限:速やかに
資格喪失届
提出先:医師国民健康保険組合
提出期限:速やかに
診療所廃止届または開設者死亡届
提出先:保健所
提出期限:10日以内
エックス線廃止届
提出先:保健所
提出期限:10日以内
※廃棄証明書の添付が必要です。
麻薬施用者業務廃止届
提出先:都道府県
提出期限:15日以内
<税務関連の必要書類>
個人事業廃止届
提出先:税務署
提出期限:速やかに
個人事業廃止届
提出先:都道府県税事務所
提出期限:速やかに
<社会保険関連の必要書類>
運用事業所全喪届
提出先:年金事務所
提出期限:5日以内
被保険者資格喪失届
提出先:年金事務所
提出期限:5日以内
確定保険料申告書
提出先:労働基準監督署
提出期限:50日以内
診療科目や地域によって必要書類や提出期限は異なる場合があるため、自身の状況に応じて必ず確認してください。
クリニックの閉院にかかるコスト
クリニックの閉院に際して発生するコストには以下が含まれます。
建物の原状回復や取り壊し費用
テナント利用の場合、原状回復が求められ、土地のみ借りている場合は建物の取り壊しが必要です。解体費用の相場は坪単価5~15万円で、スケルトン戻しよりも事務所仕様戻しの方が高額になります。また、規模が大きいほど坪単価が高くなる傾向があります。
医療機器や器具・備品・医薬品の処分費用
大型機器や器具の処分には多大な費用がかかることがあります。医薬品の処分は特に取り扱いに注意が必要で、場合によっては専門業者への委託が必要です。東京都医師会によると、医療機器の廃棄費用は1キロあたり300~350円が目安とされていますが、実際の費用は依頼する業者や選択した廃棄方法によって異なります。
スタッフへの退職金
退職金の相場は基本給の半分×勤続年数です。スタッフの人数や勤続年数によっては合計額が高額になる可能性があるため、日頃から退職金の積立をしておくことが望ましいです。
手続きの委託費用や報酬
閉院手続きは複雑で専門知識が必要な場合も多いため、専門家に委託するケースもあります。その場合、委託費用や報酬の支払いが必要です。手続きの委託費用や報酬の相場は10~20万円が目安となりますが、クリニックの規模や状況、依頼先によって異なるため、必ず見積もりを取得しましょう。
残債の清算
借入金やローン、リースの契約期間が残っている場合は、閉院時に清算が必要です。
閉院に要するコストは診療科目や規模、設備によって異なりますが、合計額が1,000万円を超えるケースも少なくありません。
クリニック閉院時の注意点
クリニックを閉院する際には、必要な作業を漏れなく行うことに加えて、注意すべきポイントがあります。ここでは、クリニック閉院時の注意点を詳しく解説します。
スタッフや患者への通達は遅くとも3か月前までに
クリニックで働くスタッフや通院している患者には、できるだけ早く閉院の知らせを伝えることが重要です。遅くとも閉院の3か月前には通知する必要があります。
閉院に伴い、スタッフは新しい勤務先を探さなければなりません。転職活動には多くの準備が必要であり、短期間でスムーズに進むとは限りません。十分な期間を確保するためにも、閉院の3か月前までにはスタッフに伝えることが求められます。
患者についても、他の医療機関を探すための時間が必要です。定期的な通院や治療が必要な患者には、他院への紹介や引き継ぎが必要となりますので、スタッフと同様に、閉院の3か月前までには通知しましょう。
スタッフや患者への通達よりも優先度は下がりますが、取引先にも早めに連絡することが理想です。必要に応じて契約解除手続きや未収金の回収を行います。
閉院後もデータの保管が必要
クリニック閉院後も、一部のデータは一定期間保管する義務があります。保管が必要なデータの代表例は以下の通りです。
カルテ
医師法第24条2項により、診療に関する情報を記録したカルテは5年間の保存が義務付けられています。
レントゲンフィルム
保険医療機関及び保険医療養担当規則第9条に基づき、療養の給付に関する帳簿や書類その他の記録は3年間保存しなければなりません。この保存期間は、レントゲンを撮影した日ではなく、患者の診療が終了した日から3年となります。
紹介した保管期限はあくまで最短であり、トラブルに備えてより長く保管することが一般的です。閉院後にデータを処分しないよう、十分に注意しましょう。
>まとめ
クリニックの閉院に向けては、多くの作業が必要です。厳格なルールが定められた手続きも多く、わずかな不備や漏れが大きなトラブルにつながることもあります。
クリニックの閉院をスムーズに進めるためには、事前に閉院に関する理解を深めることが重要です。